2013.06.23(17:29)
一生懸命、努力して「あたりまえ」のところにたどり着く。
それが真実で、
そこが真実。
「あたりまえ」
わかってあたりまえ、知っててあたりまえ
のような思い込みのわがままなあたりまえではない。
日がのぼり、日がしずむ、のような考えなくてもよいようなささいなこと、
このささいなことが実は大きな真理であることに気がつき、
「あたりまえ」は実は「あたりまえではない」ことに気づく。
「悟り」とも言える。
「あたりまえ」を支えている数々の要因に感謝する。
「祈り」とも言える。
「自己を通して表現したい」という欲の向きどころで命をけずる画家の言葉はみなそこ、「あたりまえ」な言葉にたどり着く。
「あたりまえ」のことを言っていてもその言葉に重みがある。
神田日勝という画家を知った。
残した絵はまさに生きざまだった。
言葉も残しているらしい。
アマゾンしてみるか・・・。
根津美術館の帰りに表参道の駅で電車を待ちながらつらつらと考えた。
「あっ、来た・・・。」