今朝はこれから「金環日食」が見られるらしい。
空では絶えず星が生まれたり、ぶつかったり、重なったり、離れたりしていて、
地球もその星のひとつ
スタジオに行くのが楽しいです。
作品たちがおいでおいでしてます。
「何聞いてるの?」
「ち~ん」
「いつもありがとう」
「きゅるきゅる」
+エンディング
「きゅるゅる」は先日の「詩のボクシング」のためにつくった最新の作品です。
どの作品もスタジオでのたうちまわって絞り出したものだから大丈夫ということはなくて、それはその時の私だから、今の私に移し変えなくては「リアル」が作品に乗りません。
だからもう一度見直して、練習を重ねます。
本日は11時から音響の方と稽古です。
ファイト!ファイト!
パントマイム=無言という図式はない。
人は日々の生活で声を発せずひとり黙々としている時間のほうが多い。ずっとしゃべっているわけではない。
しゃべっていないけれど心のなか、頭のなかでは絶えず言葉が浮かんだり消えたりしている。
メールを読んだり、打ったり、無言だけれど頭の中ではしゃべっている。
私はパントマイムの作品をつくる時に「しゃべればいいじゃん」と言われる状況をつくらない。しゃべればいい時はしゃべればいい。
パントマイムの作品で携帯電話にでるシーンがでてくる。不自然にしゃべらない人の作品を見ると「ヘンだ」と思う。
パントマイムはそのカラダの中でしゃべっている状態の共通した経験を再現して作品ができている。
その再現を「模倣」と言い、
パントマイム=すべてを模倣する
という意味につながる。
さて、詩のボクシング!
詩を読むこと。声にだすということは、紙にかいてあるものを読んでもらう詩とは違う。
「聞いてもらいたい。」詩であるということ。
耳から心に届ける詩
、と同時に読み手(作者)がそこにいるという目、視覚も大切で、
パントマイムをはこの目、視覚の部分で聞いてもらうことになる。
パントマイム=動き、ではありません。
「静止」も動きのひとつで、止まっていてもカラダは語る。
心から生まれたものが頭の中で言葉になって、全身を通って声になる。
心から生まれたものを発する。
その生まれてくるものが誠意であり、愛であり、互いに深く認め合うことであってほしい。
この時代の同じ時間をより豊かに安心して共有したいから。
人に聞いてもらいたいこと・・・
何だろう?
「ねぇ聞いてくれる!今いい?」って言われると
カラダのどこかのスイッチが入る。
そして、わたしは
話しを聞きながら
あいづちを打つ
すると相手はまたスイッチがONになったところを話しだす
「へぇー!そうなんだぁ、すごいね。」
賛成スイッチON
「うそぉ、ダメじゃんそんなの。」
反論スイッチON
ときどき、どのスイッチかわからない時がある。
言って欲しそうなことを探して
いろいろスイッチを押してみる。
言って欲しいこととは
いろいろな障害で見えなくなっているスイッチを
見つけてあげる手助け
相手が自分でONにするスイッチを見つけると嬉しい。
晴れやかな笑顔がまぶしい。
見つからずに
どうどう巡りの中にいる。
聞くよ、いつまでだって聞くよ。
人に聞いてもらいたいこと・・・
私が人に聞いてもらいたいこと・・・
あなたに聞いてもらいたいこと・・・
いつもムネの中で渦巻いていること
どうしたら言葉になるの?
口から発したとたん
「ちがう、ちがう。」と言葉をとりかえる。
とりかえても、とりかえても
伝えたいことが伝わることばにならない。
あなたに届かない。
私のせい?あなたのせい?
疲れて、あきらめて、涙になる。
あきらめて、涙になる。
涙になる。
その繰り返し。繰り返して繰り返して
何度もそこまで行くのにその先に行けなくて
苦しくてもがいて
よじれて、絞って、力んで
わたしはまだそこにいる。
何が言いたいのかわからなくなって、
どうどう巡りの中にいる。
時が流れて
出会うものに感化されて
解決することもある。
時が流れて
歳を取って
どうでもよくなることもある。
わたしが聞いてもらいたいこと・・・
ひとつ空気を吸って
「ありがとう。」
・・・・・・・・・・・。
「そうやって、自己完結するなよ!」
言われてムカッ、怒りのスイッチON
伝えたいことが伝わらないなんて言ってられない。
ぽんぽん出てくる不平不満。
押してはいけないスイッチを押す。
「もう、いいよ!」
どうどう巡りがひと回り大きくなっただけ・・・。
今度は「ごめんなさい」かぁ。
つづく
「詩のボクシング」無事に予選を通過しました。
応援してくださった皆さまありがとうございます!
本戦もがんばります。
月曜日からマイム公演の稽古に入ります。
スピード上げて
季節を追い越せ!